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東京高等裁判所 昭和55年(う)143号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数一二〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人野上佳世子が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事石井和男が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点について

所論は要するに、原審裁判所は昭和五二年九月三〇日付起訴状第三別紙(三)4掲記の、被告人が昭和五一年七月七日坂本フユから借用金名下に金三〇万円を騙取した旨の刑法二四六条一項所定のいわゆる一項詐欺の公訴事実に対し、原判示第一八2記載のとおり、被告人が右同日返済期限の到来した坂本フユに対する金三〇万円の預け金債務につき同人の誤信に乗じて返済期限を昭和五二年七月七日まで延期させて右相当額の財産上不法の利益を取得した旨同条二項のいわゆる二項詐欺の事実を認定したが、右のように公訴事実と全く異る事実を認定するには訴因変更の手続を経ることを要すると解すべきであるのに原審裁判所はこれをせず、かつ、原判決中において右二項詐欺の事実を被告人が自認しているから訴因変更手続を採らなくても縮少認定として右事実を認定することが許される旨判示するが、被告人が認めていることをもつて何故縮少認定として原判決のように認定することができるのか何ら判断を示していないから原判決は訴訟手続の法令違反ないし判決に理由を付さない違法を犯すもので破棄を免れない、というのである。

そこで原審記録を調査して検討すると、昭和五二年九月三〇日付起訴状第三別紙(三)番号4の公訴事実の要旨は、「被告人は、多数の者から高利を支払う約束のもとに金員を借り受けていたものであるが、借入金が次第に増加して到底約束どおりに返済する見込みがない状態に立ち到つたのにかかわらず、あたかも返済できるように装つて金員を騙取しようと企て、昭和五一年七月七日前橋市城東町五丁目七番七号坂本フユ方において、同女に対し、事実は他に多額の借入金があるため、入手した金員は直ちにその返済や利息の支払いに充当する意図であるのにこれを秘し、いかにも他に貸付けて有利に運用するものであり、かつ約束の期日には確実に返済するように装つて、金員の借用方を申入れ、同人をして約束どおり返済してくれるものと誤信させ、よつて同人から金三〇万円を騙取したものである。」というのであり、これに対する罰条として刑法二四六条一項が掲げられているところ、原審裁判所は、右公訴事実について訴因変更の手続を経ることなく、原判示第一八2掲記のとおり「被告人は坂本フユに対し、前橋市城東町五丁目七番七号の同人方において前同様の趣旨(高利で運用する趣旨)で預託を受けそのころ返済期限の到来した三〇万円の債務につき、同人が、被告人においてこれを預つた時の言のとおり他に投資して有利に運用しているもので、従つて向後も約定の高利の支払を確実に受けられるのはもとより、何時でも元本の返済を受けられるものと誤信しているのに乗じ、多数の者から預り金をしてその利息の支払に追われている実情を秘匿して、借用証書の書替による期限の延期を求め、同人をしてこれが返済期限を昭和五二年七月七日まで延期させ、もつてこれに相当する財産上不法の利益を得たものである。」との事実を認定し、同条二項を適用したことが認められる。ところで、右両事実が被害者及び犯行の日時、場所を同じくし、同種内容の欺罔手段を用いてなされた詐欺の犯罪事実であつて基本的事実関係の同一性を失わず、その間に公訴事実の同一性があることは明らかであり、従つて原審裁判所は当然のことながら右事実について適法に審理を進めることができたのであるが、前示のとおり起訴状記載の公訴事実として掲げられた訴因は三〇万円の金員を騙取したという刑法二四六条一項のいわゆる一項詐欺の事実であり、原判決認定事実は同額の債務の期限を延期させ財産上不法の利益を得たとする同条二項のいわゆる二項詐欺の事実であるところ、前者は人を欺罔して財物を騙取することをその行為定型とし、後者は同様の方法により財産上不法の利益を得、又は他人をしてこれを得せしめることをその行為定型とするもので、両者は犯罪の抽象的構成要件を異にし、所定刑も同一でその間に軽重はないのであるから、前者を後者に、あるいは後者を前者に変更して認定し判決するについては、その前提として訴因変更の手続を採ることを要すると解すべきである。しかるに原審は前示のとおり起訴状記載の一項詐欺の訴因に対し、刑訴法三一二条に定める訴因変更の手続を採ることなく、原判示のように二項詐欺の事実を認定したのであるから、右訴訟手続には違法があるといわなければならない。しかしながら記録によれば被告人は原審審理の当初から、前記起訴状記載の公訴事実に対し、同記載の日時に金員を借受けたのではなく、同日証書を書き替え、返済期限の到来した債務の期限を延期したものである旨原判決の認定事実に添う供述をし、弁護人もまた同旨の主張をしていたものであることが明らかで、原審が訴因変更の手続を採らなかつたことにより被告人の防禦に何ら実質的不利益を及ぼしていないのであるから原審の前記訴訟手続の違法は判決に影響を及ぼすものとは認められない。また、原判決が被告人において前記のように証書書替の事実を認めているから縮少認定として前示起訴状記載の公訴事実に対し原判示のように認定することが許される旨判示するのは前叙したところからも明らかなように相当でないが、右判断を前提とする原判決の訴訟手続の瑕疵が判決に影響を及ぼすものでないことも前示のとおりであり、またもともと必要的判断事項でない訴因変更の要否やその理由について原判決がとくに判示するところが不十分であるとして原判決に判決に理由を付さない違法があるとすることはできない。論旨は結局理由がない。〈以下省略―本件は量刑不当で破棄〉

(千葉和郎 神田忠治 中野保昭)

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